浅間山麓に住む。その躍動感を伝えたくてキャンプ場(スウィートグラス)の話題を中心にした「SGおじさん日記」を連載するが、
もう少し広範囲な話題を取り上げてみたくなり、新しいブログ(浅間山麓凸凹日記)を始めました。
北軽井沢の事、浅間山麓の事ならこのブログを抜きに語れない…なんて言われてみたい。
Aさん
SGおじさんが日記再開を思い立ったのは、
糸の切れた凧の様なSGおじさんを見るに見かねたカミさんやスタッフによる
「ブログを再開したら・・・」という忠告があったからではありません。
3〜4年前から読ませていただいている
中西準子氏のHPから大いに触発されたからです。
中西さんは、「環境リスク学」(日本評論社2004年刊)の著者であり、
リスク評価を科学的にとらえる新しいジャンルの学者として注目されている方です。
SGおじさんも尊敬している方ですが、
さまざまな社会問題に対して、
彼女が発するHP上の“雑感”が心地よく、納得させられることばかりなのです。
中西“雑感”の様な発信を、
浅間高原の自然や日々の出来事の中で発信してみるか?
体系化された科学知識の武器ももたずに、
よし、やってみようと思い立っての「SGブログ」再開でした。
SweetGrassとNPOあさま北軽スタイルが協力して、
群馬大学の早川先生と学生達による「浅間火山を知るイベント」が行われます。
詳しくはこちら。
告知チラシを作ってくれたのは、SGおじさんの友人の経営するデザイン会社から、
夏の間出向スタッフとして、当社に出勤しているAさん。
浅間石の写真は、NPOの拠点となっている浅間牧場売店に展示する予定の資料です。
(火山博士の早川先生からいただいたものです)
浅間石
驚きました。本日、当社事務所近くで猿の群れを発見。
オス猿を先頭に、母猿、子猿2匹の総勢4匹。
堂々としたもので、臆することなく、電線を渡り歩いておりました。
北軽で群れのサルを見たのは初めてです。
各地で耳にする猿害情報と考え合わせたら、威嚇して追い払うべきだったかもしれない。
野猿と闘うには、まず先行隊を侵入させないことだそうです。
電線を渡る猿たち
突然ですが、SGおじさん日記を今日から書き綴ることにいたしました。
私がブログ配信していた過去日記は2005年8月1日で尻切れトンボのまま終えておりますので、
ほぼ4年ぶりの再々登場となります。
私、あっという間に57歳になりました。
「加齢臭」などという言葉に思わず反応してしまう自分に気づかされ、
「おじさん」そのものになりました。
5年間いろいろありました。
SG(SweetGrass)は開業15周年を迎え、わが社の事業の根幹に育っておりますが、
その他(ラーメン屋、本屋、スーパー、牧場売店、定食屋などなど)
片手で数えきれないくらいの事業を起こしてはつぶし、
思い起こせば、フラストレーションの連続でした。
町長選挙も戦いました。(見事落選!)!
カミさんはじめ、子どもたち、スタッフは
相変わらず懲りずに走り続ける私と適度の距離を保つ方法を身につけている様です。
おかげさまで危かしさはありますが、それなりのバランスは維持されています。
私自身、おじさんを自覚できるなら、もう少しドシッとした自分がいてもよいのに、
落ち着きなく、日々の出来事に振り回されている自分に
「それでイイのか?君は。」と自問自答の日々です。
血糖値が高く、危険水域をドクターに宣告されて薬を飲んでいるのに、
今晩も桃をペロッと平らげて、声高らかにカミさんに宣言。
今日から「SGおじさん日記」を再開するゾ。・・・・・
という訳で、再開SGおじさんブログ第1号です。
何をどのような意図と形式で、誰に向けて発信するのか、
全然整理されていない状態での“宣言”ですから、
SGおじさんの下世話なザレ事であり、単なるお騒がせや、皆様のお目汚しになるかと思います。
SGおじさんなりに、恐縮しつつも、浅間高原の新鮮な息吹をお伝えできれば幸いです。
血糖の虫が騒ぎだして食べた桃
私が食べたわけでなく、血糖虫が食べました
浅間牧場から北西の白根山を望む(7/28)。
浅間牧場には、清潔で整備されたトイレ棟が求められておりました。
そして、念願のトイレ棟は完成しました。新しいトイレ棟ですから外観はきれいです。
しかし、ここを利用する人々にとって求められ、
必要とされていたトイレ棟とかけ離れたものが完成です。
新しいトイレ棟が出来て何が不満なのかと言われるやもしれぬが、
ただ新しく作れば良いというモノでもありますまい。
“お上がやる事は、こんなモノ”…で済ませるのも腹が立つので、敢えて取り上げてみることにした。
トイレ棟のオープン後2〜3日目に私が目撃した光景。
小学生くらいの団体がバス一台(多分)でご来場。
子供達は次々と狭い入口からトイレ棟内部に入ります。
入口は男女別に分かれていますが、
入口の広さは人がひとりやっと通り抜けられるドア一枚分のスペース。
外からは内部の混み具合が見えない構造ですから、
入り口に人があふれるまで次々と人が入り続けます。
中では引率の先生らしき男性が大きな声で叫んでいます。
中の様子を見ると、トイレ(大便用)のドアが開けられない騒ぎで、
入るに入れない、出るに出られない。
そんな時によくある事だが、激しいにわか雨。
軒(のき)先部分には雨を避けた人達が飛び込んでくるが、
通路部分に何本もの柱があり、身動きがとれない…。
かくして、新築トイレ棟の内外では『阿鼻叫喚』の出来事(少しおおげさ!)が
繰り広げられるのでありました。
さて、新築トイレ棟の欠陥を具体的に指摘すると、
1.各出入口のスペース(人ひとりが通り抜ける)が狭い
2.男・女・バリアフリーの3ヶ所の出入と、 通路部分の人の動線が配慮されていない
3.内部の混み具合が外部から全く見えない構造のため、余計な混乱を引き起こす
…大きな欠陥点としては3点です(小さな点ではもっとある)。
牧場に求められる「トイレ棟」とは、どのような施設であるべきか?
プライバシー重視のトイレが最近の傾向(?)だとしても、
あまりに閉鎖的な構造は、バス団体の利用を考慮に入れてないのではないか?
少なくとも、浅間牧場への来場利用者の現状を十分に理解した上での設計とは到底思えないのです。
日本中、至る所でこうしたミスマッチは起こっていると思われます。
それにしても我が町では、とりわけこの種のミスマッチが多すぎると感ずるのは私だけだろうか。
要するに何が言いたいかといえば、
行政(町)の政策決定と実行の手順、あり方に重大な欠陥があるとしか思えません。
以前「牧場売店」を作る時に腹立たしかった出来事と同じあり方です。
※牧場売店の過去日記 2004.4.27 4.29 4.30 5.7 5.14
こんな文句は言ってる本人だって気分が悪い。
又、明日。
一昨日の浅間山
7月の終わり。あっという間の7月でした。
明日からは8月の始まり。
8月といえば今年の8月15日は、60回目の終戦記念日です。
1945年8月14日が敗戦の日(ポツダム宣言の受入れ)ですから、
当然のことながら、昭和26年生まれの私はこの世に存在しておりません。
軍人、民間人を含めて300万人以上の戦死者を出し、
語り尽くせぬ辛苦を体験しつつ、生き残った人々の多くは
「敗戦」の現実をむしろ“解放感”を持って受け入れたと言う。
しかし、日本の国土は、不毛な戦争による壊滅的なダメージによって都市機能は破壊され、
工業生産活動は停止する。明日を知れぬ混乱と昏冥の社会の中で、人々は、
生き抜くための『食べる』ことに多くの時間を費やし、そこに全てを集中せざるを得なかった。
辺り一面の焼け野原から出発した戦後「焼け跡派」の人々は、
困難に挫けることなく見事に戦後の復興を成し遂げていくのだが、
去年9月の浅間噴火の時、私の頭に浮かんだのは、
全てを焼き尽くされた終戦の焼け野原がだぶってイメージされた。
さて、話がとびとびになるが、
私の少年時代は昭和30年〜40年代にかけてのことですから、
終戦後の最も混乱し、困苦の時期は既に峠を越して、高度成長への助走を開始したあたりといえます。
従って、私と同年代の人は「飢え」を知らない世代と思うが、
浅間山麓の開拓者の生活は未だに「飢え」から解放されていませんでした。
「食べ物」に目をギラつかせ、
浅間高原の厳しい自然に自らを同化させることで、生き抜いた少年時代です。
貧しくとも不幸ではなかったし、無気力でもなく、漠然と未来を信じていたと思います。
過去日記から浅間山麓開拓部落の少年時代の昔話をまとめてみました。
よかったらのぞいてみて下さい。全て実話です。
SGおじさん 昔話シリーズ
2002. 7. 5 かみなりシリーズ1
7. 9 かみなりシリーズ2
8.24 木登り猿坊の忘れ物
8.28 切ない思い出
9.27 雨上がりの空中ダイブ
9.28 危険なターザン
9.30 蜂の子獲り
10. 2 伊勢湾台風の眼
10. 8 田舎少年の思春期
10.13 吹雪の通学路
10.14 チャンバラ棒は『勇気の棒』
10.21 浅間火山レースとパタパタ
10.24 火山レースと子供たち 10.29 恐怖の「腹腹時計」
11.24 毛虫のように草を喰む
11.25 悪ガキのおやつはさとうだいこん
12.23 アドレナリンエピソード
12.24 笑話三題
2003. 2. 1 すずめ狩り
3.23 野上弥生子とおじいちゃん
3.24 野上弥生子とおばあちゃん
5.11 朝鮮人参の思い出
5.21 開拓の冬
6.11 春先の野火
8. 4 青大将
2004. 4. 9 銀ジーとイヌワシ
6. 8 よだかの思い出
スウィートグラスの「ジェロニモの滝」前に集まった、ウォーターバトル(イベント)の子供達。
一気に忙しくなってきました。北軽井沢の夏はいつもそうです。
事務所の中は一日中電話が鳴りっ放しで、
わざわざ私とカミさんを訪ねてくれる友人達も恐れをなして早々に退散です。
だからこの時期は、不義理ばかりです。
キャンプ場や売店のスタッフ達も心なし顔付きが険しくなってきました。
おじさんギャグなど飛ばそうものなら睨みつけられそうです。
例年通りのいつもの北軽井沢の夏です。
又、明日。
| Top